ジーコとケンジの欲望の記録

雨ニモマケテ、風ニモマケテ、慾マミレ、サウイウヒトガ、コノワタシダ

定時と残業と俺

2018年は革新の1年だった。

 

だけど、別に前に進んだ訳ではないし、もしかしたら、迷走しているかもしれない。ただ、今までの自分とは別の自分になろうとしているのは確かだ。

 

去年の3月末に教員を辞め、4月のニート期間を経て、5月にエンジニアとして新しいキャリアを歩んでいる。

 

こういう、新しい世界へ飛び込んだ時は

 

「思ってたのと違った。なんかもっと◯◯だと思ったのに…」

 

みたいに多少なりとも、想像していたものと現実が違っていて、ガッカリするんだろうなと覚悟はしていた。

 

でも、ガッカリはするかもしれないけど、教員を辞めたことは後悔しないだろうと思っていた。

 

しかし、である。そのギャップが全くなかった。ずっと思い描いた通りの仕事だったし、思い描いていた通りの生活だった。

 

エンジニアになる前に思い描いていた生活と寸分の違いもない。1日、黙々とパソコンに向かってコードを書いたりテストしたりしている。

 

会話はほとんどない。日によっては「おはようございます」と「お疲れ様でした」以外の言葉を発さない日だってある。

 

席から動くこともほとんどない。トイレに行く時と、昼食を買いに行く時くらいだ。

 

俺が憧れていた仕事だった。この黙々と机に向かって作業している感じ。人に気を遣ったり、どうやって声をかけようかとか、言葉を色々選んだりとか、そんな面倒くさいことは無用。突然のトラブルが発生して臨機応変な対応が求められることもない。パソコンは金髪にしたり、喧嘩を始めたり、倒れたり、引きこもったりはしない。

 

さらに良いことが2つあった。1つは昼休みがちゃんと1時間あること。昼休みの時間になったら、仕事から離れて昼食をとったり、どこかへ出かけたり、人によっては仮眠をとるなんてこともしている。

 

これは教員時代には考えられないことだ。昼休みは45分あるけれど、その時間に次の授業の準備をしたり、生徒の面談をしたり、生徒から話しかけられたりで休む時間をもらえない。さらに、昼休みでも職員室に生徒が訪れるのだから、仮眠なんてとれるはずがない。

 

2つめのいいことは、残業という概念がしっかりと存在することだ。定時を過ぎたら残業として、料金が発生するのである。「そんなの当たり前じゃないか、どんだけブラックな企業に勤めてたんだよwww」と笑われるかもしれないけれど、教員は残業という概念がない。

 

教員を辞めてから、「残業?いや、生徒のことを思っていれば別に残業代とか、そんなお金なんかいらないし。それに自分が好きで残っている部分もあるから」というのが、世間とズレているのだと知った。

 

それはまだ転職したばかりで、残業という概念がなかった時の話。定時になったが、30分くらいパソコンのファイル整理をしたり、机の上を掃除したりしていた。その後でタイムカードを押したところ、上の人に詰め寄られた。

 

「お前、今、タイムカードを押したのか? 残業の指示も受けていないのに?」

 

「はい、今、押しました。定時過ぎたって言っても30分くらいだからいいかなと思って…」

 

「いや、残業は30分ごとに発生してるんだ。 今、定時過ぎにタイムカードを押したことによって、お前に30分の残業代が発生したんだぞ。残業代が発生したということはつまり、会社が本来受けるべき利益をお前が奪ったことになるんだ。分かってるのか!」

 

このお叱りを受けたとき、衝撃を受けた。定時を過ぎたら残業代が発生する世界が存在するなんて、と思った。叱られたことよりも、そっちの方がショックだった。

 

世間は定時と残業にうるさいことを知った俺は、数日後、残業の必要性の有無を確認し、必要ないと言われたのでタイムカードを定時で押した。その後で、残してしまった作業を片付けようとパソコンに向かっていたところ、またもや上の人が俺に詰め寄ってきた。

 

「お前、今、タイムカードを押したよな? それなのに、なんで仕事しようとしてるの?」

 

「ちょっと残ったものを片付けようと思って。あ、タイムカードは定時で押したので残業代は発生しません。残るのは自分が勝手にやっていることですから問題ありません」

 

「いやいやいやいや、そういう問題じゃなんだよ! お前が残業代もらうとかもらわないとかの話じゃない。もし、然るべき場所の人がお前のタイムカードを見て『なぜ、定時でタイムカードを押しているのに仕事をさせていたのか?』という指摘してきたら、会社が困るんだ。お前がどう思っているかとかは関係ない。だからタイムカードを押したら、とっとと帰れ!」

 

きょとんとする俺。そこで素直に謝って帰ればよかったのに、「そんなことになったら『私が勝手に残ってました』と然るべき人に説明します」とか返してしまい、火に油を注ぐ形となった。あいたたたた…

 

定時と残業というのは、世間的にこんなにもナイーヴな扱われ方をするものだということを知った。これが働き方改革? いや、これが普通か。

 

俺は大学を卒業してから、ずっと教員の仕事をしてきた。だから教員以外の仕事を知らないし、教員以外の社会人の日常を知らない。

 

先生の常識は世間の非常識、と言われる。この「定時と残業」については、世間の非常識を常識だと思ってやっている感はあるなと思った。

 

お叱りを受けた今は、ちゃんと終業時間を意識するようになった。

 

「しまった、あと1分したら残業代が発生してしまう。早くタイムカードを押さないと!!」

 

慌ててタイムカードを切る。

 

非常識な俺が、世間の常識に馴染んでいっているような気がした。