ジーコとケンジの欲望の記録

雨ニモマケテ、風ニモマケテ、慾マミレ、サウイウヒトガ、コノワタシダ

乳首ポコ問題に取りかかる

今朝、めざましテレビで、男性の「乳首ポコ」について取り上げられていた。乳首ポコとは、乳首がシャツから浮き出ている状態のこと。シャツから乳首がポコって出るから乳首ポコ。暑くなって薄着になり、これから「乳首ポコの季節」がやってくる。いや、やってきている。

 

街頭インタビューを受けた女子たちの意見。

 

「どんなにイケメンでも、乳首ポコは許せない」

 

「電車の中で背の高い人がいて、目の前に乳首があってサイアクだった」

 

「乳首ポチが嫌すぎて、この時期だけ女性専用車に乗る」

 

なるほど、みんな否定的。

 

一方で、男性たちは「気にしてなかった」と乳首ポチ問題自体に対して無関心だったようで、言われてから初めて自分の乳首ポコを気にし出している様子だった。

 

俺はこの「乳首ポコ問題」は気になっていて、去年からニップレスをつけるようになった。

 

だがしかし、ニップレスをつけたことによって、今度は「乳首に何か貼ってる人」と思われているのでは?ということを考えなければならなくなった。

 

「乳首が浮き出る、キモーい」

 

と言われるべきか

 

「乳首に何か貼ってる、キモーい」

 

と言われるべきか。

 

ニップレスが目立たない服装を、と考えた結果、

 

  • 色の薄いは着ない(白の服は羞恥プレイ)
  • 体にピッタリフィットする服は着ない

 

という2点に気をつけることにした。

 

それでも、胸を張ったりすると透けてしまう。

 

うーむ、、、

 

でも「乳首が透ける人」よりかはマシか。

 

「俺は『乳首ポコ問題』をちゃんと考えているよ。世の男性は乳首を浮き立たせても何も感じないみたいだけど、俺は違うよ。人様に乳首を晒すことを恥だと思ってる、美意識の高い男子だよ」

 

という風に開き直っていたらいいのか。

 

でも、女子のほとんどが男性の乳首ポチに関心があって、それを嫌悪してるから、やがては「ニップレスをすることがエチケット」みたいな風潮にはなってくるはずだ。

 

そしたら、乳首ポコしてる人を

 

「俺は早くからこの問題に取り組んでいたよ。

 

最初は『あの人、乳首に何か貼ってる。乳首プレイしてるの? キモーい』って変態扱いされている気がしてたけど、ようやく俺の美意識が世の中に受け入れられたってことだね。

 

俺は時代を先に行き過ぎたんだね。

 

ぇ、君はまだ乳首晒して外を歩いてるの?

 

キモーい、乳首晒してるとか、キモーい。

 

乳首露出プレイなの? キモーい。

 

キモE、もはや、キモE越してキモFやんけ

 

キモエフーwww」

 

って嘲笑ってやろう。

 

早く世間が「ニップレスをするのは男の身だしなみ」って考えになることを願う。

 

 

 

ちなみに俺が使っているのはこちら↓↓↓

 

 

 

俺のブログを毎日読んでる、って人は「いいね!」してください

ブログを毎日更新することにしてから、今日で丸1ヶ月が経った。朝の電車の中、帰りの電車の中、帰宅後の自宅で、毎日シコシコと頭の中のものを垂れ流してきた。

 

毎日ブログを更新したことで、どんな良いことがあったのか?

 

…特にない。

 

それどころか、アウトプットばかりでインプットの方がお留守になってしまった。最近、自分の中の世界に引きこもっている感じがする。

 

この1ヶ月「ネットをダラダラ見ていたり、Twitterを開いている時間をブログ更新に充てよう!」と思って頑張ってみた。

 

しかし、「ネットを見たりTwitterを開いている時間はムダだ!」と切り捨てるのは、必ずしも正しくないことだと気がついたのだ。

 

今までyahoo!ニュース読んで世の中のことを知ったり、Twitterで流れてくる流行なんかをキャッチしたりしていた。ネットの世界にいることで、無意識に世の中と繋がっていたのだ。

 

だから、ここら辺で、ブログを毎日更新するのはもういいかな、と考えている。週一とか、そのくらいのペースでも別にいいのかなと思う。

 

毎日更新してるといえば、「ほぼ日刊イトイ新聞」では、糸井重里さんが1000字程度のエッセイを毎日アップしている。さすが言葉を巧みに操る一流のコピーライターである。だがしかし、「ほぼ日刊」と冠していながら、毎日更新するだなんて、それはもう、ただの「日刊」じゃないか!

 

この1ヶ月、かかさずに更新してきた「日刊」のブログは、これからは「ほぼ日刊」でやっていこうと思う。我こそが「ほぼ日刊」の名を冠すのに相応しい。

 

「このブログは『ほぼ日刊』です」

 

「日刊ってあなた…週に1回程度しか更新していないくせに、何が『日刊』なの?」

 

「いえいえ、違います。日刊ではなくて『ほぼ日刊』です。『ほぼ』とは言ってますが、毎日とは言ってませんよ?」

 

なんか詐欺みたいな手口だが、別に誰かから金をもらってやっているわけではないし、「このブログが途絶えた時、私の命は終わる…」と言う人もいないから、好きな時に更新していこうと思う。

 

それでいいでしょ?

 

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ちなみに、今朝の段階でのアクセス数。2月8日で310件か。ちなみに先月は900件ちょいだった。

世界一書きやすいボールペン(俺評)

俺が「世界一書きやすい」と思っているボールペンがある。

 

 

三菱鉛筆ジェットストリーム

 

もう、ずっと使っている。芯の太さは0.7mm。ボールペンとして一般的な太さだと思う。そして、このボールペン以外は使いたくないので、いつでも、どこでも使えるように複数本購入した自宅の机に1本、職場に1本、ペンケースに1本、スーツの内ポケットに1本、オフで使うカバンに1本…エトセトラ

 

ジェットストリーム0.7mmをずっと使っていたのだが、最近、0.5mmのジェットストリームをもらった。

 

「嬉しいんだけど、俺が使ってるのは0.7mmなんだよね…」

 

試しに使ってみたところ、0.5mmの方が細くて書きやすいことを知った。

 

0.5mmは細いから、小さな文字を書いても文字が潰れない。また、文字が細いと、気持ち、美しく見える。

 

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「0.5mmの方が魅力的だな…」

 

だがしかし、もうすでに大量に0.7mmのジェットストリームを購入してしまった。4色ボールペンは1本500円で買ったものである。これを全て0.5mmのものに総取っ替えするのは、金銭的にも精神的にも抵抗がある。

 

だからといって、0.7mmと0.5mmを併用するのは気持ち悪い。1ページのノートに太さの異なる文字が混在するのは、考えただけでも鳥肌が立つ。

 

さて、どうしたものか…

 

そこで俺は閃いた。本体に0.5mmの替芯を差し込んだらどうだろうか。そうすれば、ペン本体は買い換えずに、替芯のみを購入すればいい。替芯なら1本80円だから、値段も抑えられる。

 

試しに、もらった0.5mmの芯を取り出し、今使っている0.7mmの本体に入れてみた。すると、何の問題なく差し替えることが分かった。全く違和感はない。

 

いける、いけるぞ。

 

これで0.5mmが日常になる。

 

0.5mmの男に、俺はなれるのだ。よりスマートに、よりインテリジェンスに、よりヘルシーに、よりセクシーに、俺はなれるのだ。

 

そんなある日のこと。何気なく机の中をあさっていたら、とんでもない物を発掘してしまった。

 

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替芯のストックである。

 

黒が4本、青が3本、赤が1本の合計8本。

 

過去の俺は、この0.7mmのジェットストリームと生涯を共にしようと考えていたのだろう。未来永劫、この気持ちは変わることはないと信じていたのだろう…

 

やってしまった。これを使い切るまで0.5mm生活はお預けということか。しかし、全てを使うまで、一体、何百年かかるのだろうか。

 

過去の自分を捨てるために、この替芯も一掃するか。

 

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いや、できない。80円×8本だ。金銭的なものもそうだが、これを捨てたら、もったいないオバケに殺される。

 

どうしよう…

 

「そうだ、メルカリしちゃおう!」

 

メルカリに出せばいい。どうせ全て捨てるつもりでいるならば、欲しい人に譲ってあげよう。少しではあるがお小遣い稼ぎにもなるし。

 

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三菱鉛筆ジェットストリームの替芯です。黒が4本、青が3本、赤が1本の計8本を出品します。普通に全てを買ったら600円くらいします。


このジェットストリームは、私が個人的に「世界一書きやすいボールペン」だと思っています。


初めてこのボールペンに出会った時、その書きやすさに感動して、このボールペンと一生を共にしようと思いました。そして、0.7mmの替芯を大量に購入しました。しかし最近、0.7mmよりも0.5mmの方が好きだということに気づいたので、0.7mmを処分したく、今回の出品に至りました。

 

当たり前ですが、未使用で未開封です。去年くらいに購入したのでインクが乾いているみたいなことは無いと思います。

バラ売りはしません。全て引き取ってください。

 

おまけと言っては何ですが、写真3枚目のクリップ部が折れたジェットストリームを2本お付けします。クリップ部が折れているだけで、ちゃんと書けます。もちろん、替芯は今回出品するものを使えますので、ジェットストリームをお持ちでない方も、その日から「世界一書きやすいボールペン」を体感できます。

 

適合商品はSXE3-400-07他となっていますが、ジェットストリームの多色ボールペン用ならば使えると思います

 

 

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これがおまけのジェットストリーム

 

これで500円は破格だろう。すぐにでも売れるだろう。俺が0.7mmジェットストリームに酔狂していた頃にこの記事を見つけたら、絶対に飛びつく。

 

だがしかし、2月4日に出品して、2月7日の08:30現在、まだ買い手はつかない。

 

何故か「いいね」が3つ付いている。

 

いいね、と思うんなら買えや!!

 

 

P.S.気になった人は以下のリンクから飛んでください。

https://amp-item.mercari.com/jp/m29263456258/

東大式◯◯

いつだったか、こんなツィートを見た。

 

「『君は東大出身なのに意外と物知りじゃないんだね』って言われたけど、東大には雑学の授業はありません」

 

確かに、と思った。

 

東大出身だからってアメリカの州や歴代大統領を全て覚えているわけではないし、円周率を何桁も覚えているわけではない。東大王ってなんだよ。

 

本屋に行くと、「東大式◯◯」とかいうビジネス本がたくさん売られているのを見る。東大式勉強法だの、東大式読書法だの、東大式健康法だの。

 

確かに東大は凄い。東大の赤本で、生物の過去問を解いてみたけど、もうほとんど分からない。教科書の内容の二手三手先のことが書かれている。

 

だからといって「東大」と冠したものをありがたがるのは違和感がある。「東大生の僕は綾鷹を選んでます」と言えば、店から綾鷹が消えそうな勢いである。

 

東大生が勉強していたら「東大式勉強」で、東大生が読書したら「東大式読書」で、東大生が食事をしていたら「東大式食事」で、東大生が寝たら「東大式睡眠」である。

 

「ねぇ、あの人、東大生なんですってよ。

 

今、本を読んでる。これが東大式読書ね。

 

今、あくびをした。これが東大式あくびね。

 

今、くしゃみをした。これが東大式くしゃみね。

 

あら、席を立ったわ。きゃー、歩いた。東大式ウォーキングだわ。トイレに行くのかしら? 東大式排尿もしくは東大式排便をするのね、きっと。

 

東大生、素敵だわ。全て東大式で生きているだなんて尊敬しちゃう。

 

私も東大生と東大式デートしてみたいし、東大式お付き合いしたいし、東大式セックスなんかもしちゃって…

 

きゃあ! んもう、なんてこと考えてるの、私は。こんな妄想をさせるだなんて…そうか、これが東大式妄想なのね」

 

東大式セックス…

 

東大と名をつければ何でも価値のあるものに見せることができる。

 

「このサプリメントは東大生も愛飲しており、愛用者からは『勉強に集中できるようになった』という声を頂いております」

 

そういうの、ありそう。そして隅っこの方に「個人の感想であり、効果効能を表すものではありません」と小さく書かれているやつ。

克服することと依存すること

今まで食べられなかったが、ここ数年の間で食べられるようになったものがある。

 

寿司のガリである。

 

それまでは寿司の隅っこにいるガリが、とても邪魔だった。持ち帰りの寿司を家で食べると、必ずガリ生ゴミ処分しなくてはいけない。まるでエビフライの尻尾みたいに、完食されたプラ容器に、小さくその存在をアピールしてくる。とても鬱陶しい。

 

それを克服しようと思ったのは、ある日、職場の人たちと回転寿司へ行った時のことだ。醤油や甘タレや楊枝などと一緒に置いてあるガリの容器。蓋を開けると、そこにはガリが容器の容量ギリギリまで入っている。みんなはそれを皿にこんもりと盛ると、ポリポリと音を立てて美味しそうに食べ始めた。

 

それを見て、俺はなんだか損をしている気持ちになった。目の前に食べ放題のガリがこんなにたくさんあるのに、自分はそれを食べられない。同じ料金を支払うのに、自分だけガリの分、損をしている。

 

そこから俺はガリを食べるようにした。始めは生姜の苦くて辛い、独特の風味や食感に違和感しかなかった。だが一方で、ガリを食べていることで、なんだか人並みに寿司を楽しめているような気持ちにもなれた。

 

ガリを食べるように努めた結果、俺はガリを食べられるようになった。回転寿司に行って席に着いたら、まずはガリを食べるという習慣が身についた。これまでずっと苦手だったものを克服することに成功したのだ。やったぜ。

 

だがしかし、寿司のガリを食べられるようになったのは良いことばかりではないことに気づいた。「寿司にはガリ」という新しい価値観ができてしまってから、ガリのない寿司に違和感を覚えるようになったのだ。

 

たまにコンビニやスーパーで寿司を買うと、ガリがついていないものがある。そうなると、食べ終わった後、口の中に違和感が残る。寿司とガリがセットになっているから、生姜の風味がないまま寿司を食べることがとても気持ち悪く感じてしまったのだ。

 

これは依存なのか…?

 

ガリを克服し、今度はガリに依存するようになった。ガリの無い寿司が考えられなくなってしまった。

 

そういえば、子供の頃はワサビの入った寿司なんか食べられなかった。大人になりワサビの入った寿司が食べられるようになると、今度は逆にワサビの無い寿司が気持ち悪くなった。KR寿司なんかはワサビ無しがデフォだから、ワサビをたっぷりつけて食べている。

 

克服することで生まれる依存もある。

 

克服は必ずしも良い結果だけとは限らない。そんなことを、ガリは俺に教えてくれた。

一人称を何にしようか考えていた頃の話

小学3年生くらいまで、一人称が自分の名前だった。しかも「君」を付けていた。

 

なかなか恥ずかしい。それが許されるのは幼稚園かもっと大きくても小1くらいだろう。

 

自分の一人称が赤ちゃんみたいだと思った小3の俺は、自分の一人称を考えることにした。

 

さて、どうしようか。「ぼく」だとなんか弱々しい人の感じがするし、「オレ」だと乱暴で頭が悪そうな人の感じがする。

 

色々と考えた結果、一人称は「私」にすることにした。自分のことを「私」と言っている大人の男性をテレビで見て知っていたから、「私」という一人称には男も女も関係ないのだと思った。それに生来の「人と同じことをするのが嫌い」という捻くれた性格が「自分のことを『私』と呼んでいる自分、カッコいい」と思わせていた。

 

繰り返すが小3の頃の話である。まだ声変わりもしていない男児が、自分のことを「私」と呼んでいるのだ。周りは不気味だったに違いない。

 

親に「あなた、自分のこと『私』って呼ぶのおかしいよ」と言われたことはある。それに対して「いや、男でも『私』と使っている人はいる。だからおかしくない」と反論した。親も「でも、それは大人の男であってあなたの場合は…」みたいなことは言っていたけれど、俺はもう、そんなことは聞き流していた。

 

学校で書く作文も、もちろん一人称は「私」にした。いつだったか、授業中にみんなの前で「あなたは作文で『私は』って書くの、大人っぽいね」と褒められたことがある。みんなよりも先に行っている感じがして鼻が高くなった。

 

中学に入った頃から一人称の中に「俺」が入ってきた。思春期特有のイキリだったのかもしれない。それでもたまに「俺」の中に「私」が混ざる。

 

高校や大学でも「俺」と「私」は混在していた。それは別に自然なことだったので「なんでお前、自分のこと『私』とか言ってるの? 面接かよwww」とからかわれても何とも思わなかった。

 

大人になってからは、一人称が「私」であることに誰も何も言わない。小学校の頃から「私」と使い続けてきた「変な人」だったけれど、大人になって、ようやく「普通の人」になることができた。

 

自分の一人称が自分の年齢に追いついてきたのだ。小3から社会人1年目だから、約16年かかったことになる。

 

子供の頃の背伸びがここまでかかってしまった。

 

しかし、である。高校の時、俺よりもさらに先を行く人がいた。俺が所属していたヲタク部の先輩で、彼は自分のことを「ワシ」と呼んでいた。

 

高校生で「ワシ」である。果たして、先輩の一人称が自分の年齢に追いつくのに、あと何十年かかることだろうか。この先、何十年間も「なんで一人称が『ワシ』なの? おかしくないwww」とからかわれながら生き続けるのだ。ぜひ、先輩には、その苦労が報われる為に長生きしてもらいたいと願う次第である。

手首に刻まれた闇のようなもの

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最近、心に闇がきてる気がする。

 

心の闇、病み、そしてyummy。

 

そんな中で、俺は同じく闇を抱えているものに出会ってしまった。

 

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駅のエスカレーターの手すりである。

 

よく見ていただきたい。

 

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お分かりだろうか。

 

この手すり、リスカ跡がある。

 

病んでいるエスカレーターだということを。

 

そう、エスカレーターでさえも病んでしまうのだ。

 

そして、こんなものさえも闇を抱えている。

 

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赤筋大根。

 

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ザクザクである。

 

エスカレーターだって、大根だって病んでいるんだ。だから人間が病むのは当たり前なのである」

 

そう考えたら、少しは気持ちは楽になるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…いや、ならない。

 

「ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな生きているんだ」

 

そう考えたら、少しは自分が生きていることを実感できるようになるだろうか。

 

いや、ならない。

 

友達なんだ!って思うようになるだろうか。

 

いや、ならない。

 

つまり、そういうことである。

 

画像出典(赤筋大根)

☆赤筋大根、出ました…!! : 江の川のほとりから