ジーコとケンジの欲望の記録

雨ニモマケテ、風ニモマケテ、慾マミレ、サウイウヒトガ、コノワタシダ

私が教師を辞めたあと②

前回までの話。


プログラミングの面白さを知った俺は、ITのエンジニアになることを決意。大学を卒業してずっとやってきた教職の世界から退き、スクールに通いながらプログラミングの勉強をしていた。しかし、就活はうまくいかずに、3月が終わってしまいニートとなる。


詳しい経緯は過去の記事を参照のこと。


採用面接かと思って赴いたけれど、採用面接ではなく、その会社が行なっている転職支援サービスの紹介をされただけだった。さらに、年齢的なことなど、あちこちで散々言われてきたことを改めて言われコテンパンにされた。


本当に自分はこれでいいのか。やっぱり、教職を続けていった方が良かったんじゃないか。プログラミングは趣味で細々とやっていったらよかったんじゃないか。


そんな自信を喪失し、迷い始めた翌日、他の会社の面接に行くことになっていた。


しかし、もう俺は落ちこんだ気持ちを通り越して、開き直っていた。もう、厳しいことを言ってくるような面接をするようなところは、こっちから願い下げてやろうとすら思っていた。


だから、次の企業に対しては、少し斜に構えて挑むつもりでいた。


「ここでまた年齢がうんぬんとか、そういう類のことを言われたら切ろう。こっちだって、そんなの分かってやっているのに、また同じことを言ってきやがったら、こっちから願い下げてやろう」


どこにいったって年齢のことばかり。


そんなことは分かっているのだ。それでも、自分の人生を後悔したくないから、新しい世界に飛び込もうと思っているのだ。


プログラミングの勉強だって、昨年の夏からやっていた。遡れば高校生の時にHTML使ってホームページの運営もしていた。「ITのスキル身につけたら一生安泰かな…」だなんて安易な気持ちでジョブチェンジしてる訳ではないのだ。


そもそも、日々進化していく技術を追いかけるのがITの世界だろう。新しいものに対する意識や好奇心が不可欠な世界だ。


それなのに、新しい世界に飛び込もうとする人間を切り捨ててどうする。


今までの経験や実績なんかを全て捨てて、新しいことに取り組もうとしているんだよ、俺は。そんな人間を「年齢」なんていうつまらないもので判断するだなんて。だから、日本の技術力は他国にどんどん追い抜かれていくんだよ!!!!


そんな好戦的な気持ちで、俺は面接へと挑んでいくことにした。


採用担当者は物腰が柔らかそうな男性だった。しかし、最初はみんな優しく見えるものだ。面接が終わった後は、この人に対してモヤモヤしたものを抱えるに違いない。


「まぁまぁ、面接だなんてそんな堅苦しいものじゃなくて、お互いのことを知る機会みたいな感じでお話ししましょう」


面接官はお茶と名刺を俺に出すと、ゆっくりと向かいの椅子に腰を下ろし、パソコンを開いた。


履歴書と職務履歴書を渡すと、その資料を丹念に読み始めた。


この時間が1番緊張する。しかし、この後の流れは分かっている。どうせ、顔を上げた途端、訝しげな表情と声で俺を批判しにかかるのだろう。


「今まで学校の先生やってたみたいですけど、なんで全く異業種のエンジニアになろうと思ったんですか? 実務経験がものをいうこの業界で、教師の経験なんて全く役に立ちませんよ。


それに覚えることも多いし、ITの技術は常に変わっていくから、『これを覚えれば一生安泰』みたいなのはないです。ずっと新しい技術を勉強し続けなくてはいけません。


だいたい年齢だって、もう30歳を超えてますよね。その年齢から新しいことを始めるって相当な努力が必要ですよ。


それに給与面だってそんなに出せませんよ? 前職より下がりますよ。大卒の初任給のレベルですよ。


勉強しなきゃいけないことたくさんあるし、給与も安い。そんな条件でよければ採用しないこともないですけどね。


まぁ、上との相談にはなりますがねwww」


って来るんだろ。


さぁ、かかってこい。


担当者は書類から顔を上げ、口を開いた。


「前職は教師だったとか凄いですね。なんでそんな立派な職業を辞めてまでエンジニアになろうと思ったんですか?」


え?


あれれ。


否定しないんですか?


「前職が教師だろうが医者だろうが弁護士だろうが、実務経験のない奴はみんなおんなじだ」


ってくるでしょうが。


いや、来いよ。


しかし、否定の言葉は一切なく、俺が教師で何をやっていたのかとか、エンジニアに興味をもったきっかけとか、プログラムはどんなことを勉強してきたのだとか、そんなことを質問された。


「教師の仕事ってよく分からないんですけど、色々と大変だって聞きますが実際はどうなんですか?」


「授業や担任業務はもちろんですが、それ以外に校務分掌があって1日中忙しいです。


昼休みは生徒の面談が入ったり、保護者からの電話があったり、次の授業の準備があったりで昼食を食べられないこともよくありました。


さらに、土曜日は学校説明会や入試があるし、唯一の休みの日曜日は授業準備したりとかで休んだ気がしないし。


それ以外にも学校の広報の為に中学校訪問があったりエトセトラエトセトラ…」


なんだか今まで大変だったことの語りが止まらない。話しながら、今まで自分はよく耐えられたなと自分で感心した。


「ひえー、それは大変だ。凄いんだ、教師って。私はそんなの無理ですね。根性ないからすぐに辞めたくなっちゃいますよ。土日は休みたいし、残業とかせずに家に帰りたいですもの」


たくさん話を聞いてもらい、たくさん共感してもらった。そして、ニート生活を歩むに至った経緯についても話した。


その間も年齢のことや、脅しなどの言葉は出てこなかった。


「御社を受けるまで、プログラミングスクールやあちこちの企業から年齢について言われてしまいました。やっぱり、そういうのってあるんでしょうかね…」


あまりに話題にならなかったので、俺の方から質問をした。


「実は私もエンジニアになったのは、あなたと同じ31歳になってからだったんです。それまで全く別の業界にいて、未経験で飛び込みました。


年齢なんてそんな関係ないって感じましたよ。それよりも、やる気とか人柄の方が大事ですからね」


鳥肌が立った。そんな風に言われたのは初めてだったからだ。一切の否定をしてこない。話を聞いて凄く良いリアクションをしてくれる。いい人だ…


「それで、どうしますかね。私としてはすぐにでも代表との2次面接を受けてもらいたいと思うんですけど」


マジか!?!?


な、な、なんてこった。


就活3社目にして、運命の出会いをしてしまった。


そりゃ、もう即決で!!


…と言いたいところだったが、こういう時こそ落ち着かねばならない。ここで安易に飛びついて後悔してはいけない。


実はこの時、他2社の面接を約束していた。だから、ここで決めてしまうのはまだ早い。


その旨を伝えると嫌な顔をすることなく、むしろ「どうぞどうぞ、他の企業の話も聞いてじっくりと考えてくださいね」という感じで返してくれた。


びっくりするくらいの神対応を受け、俺はその企業を後にした。


捨てる神あれば拾う神ありというのは、こういうことを言うのか。


その前の企業の対応で自信を失いかけていた後だったから、対応1つ1つが心に沁みた。


「ほら見たか! 周りに何を言われようとも、屈辱に体を震わせても、自分の信念を貫き通せば、道は開けるんだよ!!」


もう、帰り道はずっとドヤ顔だったと思う。ようやく自分が認められた。今までの自分を受け入れてもらえた。


それから2社の面接に行った。そのどちらからも内定をもらったが、やはり年齢や経験のことを言われた。


内定をもらって嬉しかったのだが、それでも神対応の企業よりも魅力を感じなかったので内定を辞退した。


しかし、内定辞退の連絡をして、後が無くなったと、不安になってきた。


もし、この企業から不採用をもらったら、また一からやり直しだ。採用通知を受け取った企業の内定辞退を辞退するだなんて出来ない。当然か。


この選択でよかったのか。ひょっとして、最初に受けた企業みたいに、好感触を匂わせておいて切る!みたいなパターンはありえる。


そもそも、1次面接がすんなりといきすぎではないか? 


もしかすると、これ、1次面接はみんな通すやつだ。とりあえず、よっぽど問題がありそうな人以外は代表に会わせて、そこで一気に落とすというパターンだ。


落とされた側も1次で切られるより、2次で切られた方が「社長面接まで行ったんだけどね…」みたいに、落ち込み過ぎることはない。しかも、1次面接で優しく対応してもらえれば、その企業に対しての印象はさほど悪くはならないから他所で悪口言われずに済む。


そうか、やっぱり、そういう魂胆だったのか。


いくら求人で「未経験、異業種からの転職もオッケー。学歴や年齢も不問! 優しい先輩がイチから丁寧に教えますよー」とか書いてあっても、結局は「でも、あなたは年齢が…」みたいに理由をつけて切るつもりだろう。そうだろう、そうに違いない。


続く!!

私が教師を辞めたあと①

これまでのあらすじ。


1次面接で社長と意気投合し、採用確定だろうと勝手に思っていたところ、不採用の通知を受け取った俺。その日からニートとしてゼロからのスタートを歩むことになった。


不採用通知をもらい真っ青になった俺は、すぐに転職サイトを開き、未経験でエンジニアとして募集しているところをあさった。あさりつつ、その企業での実際の労働環境も調べながら慎重に応募した。


かれこれ10社近くはエントリーしたと思う。しかし、その後は書類選考で落とされたり、返事が来なかったりと面接以前の段階で落とされてしまった。


何がいけないのかは予測はできていた。今までITとは無関係の職種であったこと、実務経験が全くないこと、年齢が30歳を越えていること…エトセトラエトセトラ


その中で何社かは実際に面接を取り付けることができた。


早速、1社目の面接に向かうことにした。履歴書と職務履歴書をもって企業へ訪れる。平日の昼間、都内。大学が近くにあり、学生たちが楽しそうにあるいていた。


「そういえば、この大学、昨年度受け持った生徒たちがが数人進学したんだよな」


もし、彼らが俺の姿を見たら何を思うだろうか。自分たちの進路を指導してくれた先生が、今の職を捨て、就活に奔走している。


惨めだな、俺。こんな見っともない姿は見られたくないな…


会社に着き、応接室に案内される。出てきたのは、20代半ばくらいの若い社員だった。IT企業は全体的に若い人が多いから、特に驚きはしなかったが、立場的には企業の社員と求職者。複雑な気持ちになる。


なぜエンジニアを目指そうとしたのか、これまでスクール等でどんなことを勉強していたのか、諸々のことを聞かれた。


「今回、実務未経験でエンジニア希望ということですけれど、ただ、これは言わせてください。30代で実務未経験でエンジニアを目指すのは相当厳しくなります。30歳くらいは、もう、ある程度の経験を積んで、リーダーくらいの地位になってますからね。そういう条件でも採用してくれる企業を探してみますね」


ぇ?


企業を探す、とは?


この会社に就職させてくれるわけじゃないのか。


「弊社は転職サービスをしておりまして、そのサービスにご登録を頂き、弊社から希望に合う企業をご紹介しております。今回、そのサービスのご紹介をと思いまして、いかがでしょう、弊社の求人紹介サービスに、ご登録されますか?」


ここで俺は気がついた。この企業は最初から俺を採用するつもりでなかったのだ。話を聞く体で俺を呼び、最終的に自社サービスに登録させるだけだったのだ。


その後も年齢的に募集している企業が多くはないこと、仮にあったとしても大卒初任給並の給与となること、これからかなりの勉強をし続けなくてはいけないことなど、厳しい面を懇々と説かれた。


「では、登録についての詳しいメールを改めて送りますので、よろしくお願い申し上げます」


時間にして30分弱。俺は屈辱的な思いを抱きながら、企業を後にした。


ここですっかり自信を喪失してしまった。やっぱり年齢の壁は越えられないのか。新しいことを始めるのは無謀なのか。


バカなことしてる? 今までずっと教員をやってきたのだから、これからも続けるべきだったのか。このまま無駄なことは考えずに、教員としてのスキルを身につけ、生涯を教育に捧げていけばよかったのか。


そもそも、他のことをしたいと思うこと自体、教職に対してしっかりと向き合わなかったからなのではないか。そんなことで他のことに向き合うことができるのか。


もう、エンジニアなんて未知な分野を考えず、今から非常勤として募集しているところに行くべきか。または塾講師とか学校以外の場所で勉強を教えていくとか。


やっぱりバカだったか、軽率だったか。もっと現実を見るべきなのか。


もし、このままずっと決まらなかったら、どうするつもりなのか…

 

そして、この企業からのサービス登録のための連絡は来なかった。完全な無駄足だった上に、屈辱感と無力感で苦しめられただけだった。


続く!

私が教師を辞めるまで⑤

初めて受けたIT企業の面接。最初は「31歳で未経験がエンジニアになろうとするとは、なにゆえぞ?」と訝しがられたが、話していくうちに社長と意気投合して話が弾み、仲が良い感じになって面接を終えた。


面接後、課題は期日までに必死に勉強し、なんとか提出をした。翌日の朝には「課題を確認するので数日待ってほしい」との連絡が入った。まぁ、最低限のことはやったし、及第点くらいはもらえるだろう。未経験なのだから、ある程度の間違いがあっても大目に見てもらえるはず。それに、この前、あれだけ長く話して打ち解けられたのだから、人柄採用の可能性もあるだろう。


そして、俺はもうすっかり決まったつもりでいたので、次の役員面接のことを考えていた。


しかし、待てど暮らせど結果が返ってこない。数日間がとてつもなく長い。


かといって催促のメールを送るのも憚られる。もしかしたら、突然のトラブル等で俺のことを考えられないくらい忙しくなっているのかもしれない。


そんなこんなでメールを頻繁にチェックする日々を送っていたら、3月も終わりに近づいた。最後の勤務日である3月30日では、職場で納会を兼ねた送別会が行われた。


「先生が今年度でお辞めにやると聞いて驚きました。次はどこかの学校でお勤めになるんですか?」


「いや、私はもう、教師ではない他の職業に就こうかと考えていまして。ITの世界に飛び込もうと思って…」


「ぇー、そうなんですか、もったいない。もう、就職先は決まっているんですか?」


「いえ、まだ結果待ちで…」


と、なんとも歯切れの悪い会話をあちこちでするハメになった。その会の合間にトイレに入って、メールをチェックする。しかし、メールは来ていない。


それから3月も終わってしまい、4月になった。


4月最初の平日。テレビでは新社会人の話や新生活の話などがたくさん取り上げられていた。俺は初めて「無職」という肩書きになった。


朝、起きて、久しぶりにロードバイクに乗って、お気に入りの場所に出かけた。1人でボーッとできる、人の往来の少ない場所だ。今まで仕事やプログラミングの勉強等で、ずっと乗っていなかった。

 

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空がとても青くて、気持ちがよかった。これが自由の空か。

 

これが自由なのだと解放感に満ち溢れていた。もう、これからは授業のことや生徒対応のことなど、常に10個以上あった「やらねばならない」ことを考えなくても済む。休日だって頭の中からずっと離れず、心休まる時間なんか無かった。失敗ばかりで「なんで自分はできないんだろう…」と溜息をつくことももうない。自己否定に苦しめられる日々からも卒業だ。

 

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今日は俺が自由を手にした日ということで、手帳には「独立記念日」と書き込んでみた。


自由を手にした青空を眺めながら、ケータイをチェックする。自由になったものの、未来は見えないでいた。さすがに4月に入っても連絡がないのはおかしい。課題を提出してから1週間以上は経過している。面接でも、3月中に決まらないと無職になってしまうという旨は伝えたはずだ。


さすがに催促のメールを送ってもいい頃だ。俺は、企業に課題についてどうなっているのかのメールを送信した。すると、すぐに返信がきた。


「遅くなってしまい申し訳ありません。すぐに課題のチェックをし、結果を今日の午後には返信いたします」


って、まだチェックしていなかったのか!!


驚いた。もし、俺がメールを送らなかったら、完全に無視されていた。課題を送った翌日に連絡を送ってもらったものの、あれから中身さえ確認さえしてくれてなかったのだ。


しかし、ポジティブに考えれば、これは採用前提だからかもしれない。採用前提だからこそ、課題のチェックをそこまで念入りにしなくてもいいという考え方だったのかも。まさか、ここまで引き伸ばされて不採用を突きつけるなんてことはないだろう。


ニートになった俺の生活は1週間くらいなものだろうと思った。すぐに役員面接の日程の確認がきて、採用されると思っていた。


平日の昼間に、空を眺めてボーッとしているなんて生活は長くは続かないだろう。


「いやー、ニートになったけど、わずか1週間で終わったよ。人生、ニート生活歴が1週間できちゃったよ、テヘペロ☆」


って、来週くらいには笑っているんだろうな。


一通り自由を謳歌し、帰宅した頃には夜になっていた。それからケータイを開き、メールをチェックする。すると、企業から課題の結果が返ってきていた。


「課題をチェックしました。添削の結果を添付するので今後の学習の参考にしてください。また、採用の件ですが、慎重に検討しましたが、残念ながら不採用とさせていただきます」


今まで解放感に酔いしれていた俺は一気に青ざめた。全身が熱くなっていき、頭に血が上っていった。


不採用。


まさかの、不採用である。


これだけ待たされて、催促のメールを送ってようやく返事がきて、不採用。


逆だったのだ。採用前提だから、課題のチェックが遅れたのではなく、不採用を前提としていたから課題をチェックしなかったのだ。もしかすると、そのまま流そうとしていたのかもしれない。


メールの文言の「慎重に検討」とは、一体何を検討したのか、俺がメール送るまで動かなかったクセに。

 

そして、面接で日付が変わるまで話した時間はなんだったのか。なによりも、この結果を待ち続けた時間はなんだったのか。

 

3月の1週目に応募し、2週目に書類選考通過の結果を受け取り、3週目に1次面接をして課題を提出し、4週目に結果を待ち続けた。この1ヶ月間の結果がこれである。


俺のニート生活は終わりではなかった。むしろ、ここからが俺のニート生活の始まりだった。

 

俺も悪いのだ。1社では無く複数の企業に応募しておけば、4月までにどこかしら決まっていたはずだ。

 

続く!!

私が教師を辞めるまで④

「業界未経験の方でも、一流の技術をもったエンジニアに育てます。まずは気軽に応募してください。一次選考は面接という堅苦しいものではなく、社員との座談会をして会社の雰囲気を知ってもらいたいと思います」


優しいところは優しく、厳しいところは厳しい会社だった。ホームページやFacebookには、社員と社長とが楽しそうに交流しており、とても雰囲気が良さそうである。


そこで求人に応募したところ、書類選考は通過したものの、今まで勉強しなかったJavaの課題を出された。それから、Javaを一から勉強し、一次面接がある3日後には課題を完成させなければならなかった。


結論から言うと、課題は完成させられなかった。やはり知識ゼロからの3日間では、基本的な部分は理解できても、課題をこなせるまでにはならない。結局、課題が面接までに間に合わない旨をメールで伝えた。もう、これで落とすならば落としてくれ。だけど、この3日間という短い期間で、俺は頑張ったよ。


とはいえ、まだ、自分の中に希望というか少々の甘えみたいなところがあった。一次面接は社員との座談会。つまり、ここで


Javaを勉強して課題に立ち向かおうとしたんですが、分からないことが多すぎて。みなさんは、Javaをどうやって勉強したんですか。どんな本を読んでいらっしゃいましたか…エトセトラエトセトラ」


とかいう話ができる。その中で「自分は勉強はしっかりするが、分からないところは素直に聞く謙虚さをもっている」という自己アピールをすれば良い。もう、ここまできたら開き直るしかない。


一次面接当日。


受付で面接に来社した旨を伝えると、面接室に案内された。

 

しかし、それは俺が予想していたものとは全く異なる風景だった。


そこにいたのは複数の若い社員が、俺を笑顔でお出迎え!…ではなく、1人の中年男性だけだった。この顔、ホームページやFacebookに載っていた顔だ。この会社の社長である。


他の社員はいないし、そもそも、その面接室に座談会などする程のスペースはなかった。


一体、どういうことなのだ…?

 

促されるまま席につき、履歴書と職務経歴書を渡す。それを軽く目を通すと俺の方に向き直り、社長は口を開いた。


「本来ならば、ここで社員との座談会みたいな感じで、会社や社員の雰囲気を知ってもらいたいところなのですが、あなたの場合は代表者である私が直接面談をさせて頂きます」


キョトンとしているであろう、俺。


「…と、申しますのは、あなたの場合、年齢が31歳ということで、そこが気になっておりまして。


我が社は未経験での場合は20代前半から、遅くとも20代後半くらいまでの人からの応募が多いんです。現に社員の年齢層も20代半ばくらいの人がほとんどですし。


そんな中で31歳、それも未経験でエンジニアを目指す貴方には、代表者の私が直々に話を伺うことにします」


そこか、そこなのか。年齢の壁か。


いや、しかしだ。これはある程度は予想していた。それを跳ね除けられるようにする為に、プログラミングスクールに通っていたのだ。年齢が足かせになることは想定の範囲内だ。


想定の範囲内ではあったが、いざ、こうして初対面の人に言われると、なかなかショックではある。

 

しかし、相手のペースに巻き込まれてはならない。俺は教職を離れてでもエンジニアになろうと、この一年、やってきたのだ。


「では、エンジニアを目指したきっかけと、月並みですが弊社を志望した理由についてお聞かせください」


俺はとにかく自分の気持ちを伝えようと必死に喋った。

 

プログラミングの授業をしようと思ってPythonを学んだところ楽しくてエンジニアを目指そうと思ったこと、プログラミングスクールに通っていたこと、高校の時にHTMLでホームページをつくっていたこと、コンピュータが昔から好きで色んなことを試してみたこと、創作活動していたことがありモノづくりの楽しさを知っていること…エトセトラエトセトラ


背中が汗でじっとりしており、前髪は汗で額にべっとりと張り付いているのが分かった。しかし、動揺したら喋れなくなるし、何より相手のペースに巻き込まれてしまう。

 

落ち着け。落ち着いて、冷静に向き合え。


自分でも何を言ってるのか分からなくなるくらい喋ったところで、社長は口を開いた。


「そうですか。たまに30代の未経験の方が応募してくるんですよ、『ITがこれから成長するから、一生食いっぱぐれない技術を身につけたい』とかいう人がね。聞いてみると、IT業界やエンジニアのことを全く知らず、ただITに関する仕事がしたいという。

 

そんな簡単に身につく仕事ではないし、技術は常に進歩していくから一生勉強し続けなくてはいけない。そこを知らずに来てる方がいたりするので、そういう人はこの段階でお断りしているんです」


なるほど、そういうことか。


しかし、俺はそんな生半可な気持ちでITの世界に飛び込むわけではない。ITの技術については一通り調べたし、ITエンジニアの大変さや勉強の大切さについても調べた。プログラミング言語も色んな種類があることも調べたし、実際に勉強もしている。プログラミングの勉強をすればするほど、その楽しさを知ったし、上手くいかずに苦しんだりもした。もっと技術力を磨きたいという向上心ももつことができた。


そんなことを必死にアピールする、俺。


すると社長は、俺の勉強したことを試すように色んなことを質問してきた。それに俺はしっかり答え、そして調べていた中で分からなかったことを質問してみたりもした。


何度かそんなやり取りをしていくうち、社長はITの技術やエンジニアの話、さらに経営の話まで色んなことを教えてくれるようになった。

 

そして、社長の生い立ちや会社を起こした理由、前職での苦労話、尊敬する起業家の話、社員教育の大変さ、住んでいる場所、バツイチであること…などなど、途中から採用面接というよりも、ただの雑談へと変わった。なんだか途中から、話している相手が求職企業の社長ではなく、何かのきっかけで出会ったおじさんみたいに感じられるようになってきた。


そんな話をしていたら、時間は過ぎ、気づいたら5時間が経過していた。


「いやぁ、話は尽きないね。本当、色々と聞いてくるから、ついつい喋り過ぎちゃったよ…」


始めは不採用にする気満々で俺を見ていたが、この5時間のお喋りで気持ちは変わったはずだ。

 

俺が生半可な気持ちでエンジニアへの転職をしていないことも充分に伝わったはずである。


「ところで、課題は完成しましたか?」


痛い質問だった。俺は正直に話した。3日間で知識ゼロからJavaを始めたこと、基本的なことは理解したが課題で出された範囲までには及ばなかったこと、ここまで学習したことで分かったことや苦戦したところ…エトセトラエトセトラ

 

今度は冷や汗はかかなかった。自分の現状を包み隠さずに話した。むしろ、誰にも話せていなかったJava学習の話を聞いてもらえたから嬉しかったくらいだ。


「そうですか。まぁ、課題を出してもらうことが二次面接に進むための条件となってますので、必ず課題は提出して欲しいんですよね。いつまでに出来そうですか?」


これはつまり、「課題を提出さえしてくれたら採用してくれる」ということか。

 

ここまで話が弾んだのだ。俺を人柄で気に入ってくれたはずだ。ただ、課題を提出することがルールだからそれに則って欲しいということなのだろう。


4日待ってくれたら課題の意味も理解して、提出までこぎつける旨を伝え、了承をもらった。


「他の企業も受けるのでしょうけど、就活、頑張ってください」


「いえ、今、御社しか面接は受けておりませんし、色々と求人を見て御社以外にないと思ってます」


「それは嬉しいですね。それならば3月中に結果をお返事出来るようにしないといけませんね(笑ですね」


「お願いします。4月に不採用の連絡を頂いてしまうと、私、無職になってしまうので…」


「分かりました。でも、何はともあれ、課題は出してくださいねwww」


そしてお互い、和気あいあいとした中で面接は終了した。会社を出る頃には日付が変わっていた。


これ、採用でしょう。


もう、ここまで話が盛り上がったのだから、社長と俺は相性はぴったりだ。


これは、採用、いただいたわ。


なんて運が良いのだ、俺は。


続く!! 

私が教師を辞めるまで③

転職サイトに登録をし、未経験からでもITエンジニアの募集をしているところを探した。思った以上にたくさん出てくる。しかし、それを見ながら、ネットでこんな悪い噂も載っていた。


「IT企業は、終電帰り始発出勤という過酷な労働環境のところが多い。だから離職率も高く、常に人手不足。未経験でも人を大量に採用して、そこからふるいにかけていく」


「結局は人材を使い捨てる。『未経験でもしっかり教育します』みたいなことが書かれているけれど、現実は『仕事しながら覚えろ』のスタンスでまともに教えてくれない」


それだけは避けたいので、しっかりと会社の評判を調べ、ネットで検索して「株式会社〇〇 ブラック」みたいに出てこないところを選んだ。転職会議とかいう、実際に働いていた人の話や、企業を点数化したサイトも入念にチェックした。


そんな中で、気になる企業を1つ見つけた。


「実務経験や学歴は不問です。ITに関する何かしらの知識がある方は優遇します。エンジニア未経験でも短期間で一人前のエンジニアにします。社員同士、みんな仲が良く、常に会話が飛び交っています。社長との距離も近く、定期的に食事に行ったりして意見を聞いてもらったりしています」


会社のHPも社員のことが載っていたり、Facebookには社内のイベントや飲み会の様子などがアップされていたり、とても良さげな雰囲気。


「書類選考が通ったら、1次面談をします。1次面談といっても、会社の雰囲気を知ってもらう程度の、社員と座談会です。その後で役員面接をします。応募から採用まで最短で2週間程度です」


応募から採用の流れにはこんなことが書かれていた。結構、フレンドリーな感じの企業である。ガチガチの形式張った面接ではなく、ゆるい感じの面接というところから、本当に人柄を重視しての採用なのだろう。俺の人柄は分からないが、エンジニアになりたいという思いはある。スクールにも通っていたし、小さい頃からパソコンが好きだし、高校の頃からHTMLで自分のHPをつくったから全くの未経験者ではない。このやる気をしっかりとアピールすれば、採用の見込みはある。そして3月中に決まれば、ニートになる心配もない!


もう、迷っている時間はなかった。転職を支援してくれるスクールには申し訳ないが、俺の人生なので、そんなことも言っていられない。もう、ポートフォリオは、一生完成しない。完成を待っていたら、俺はニートになってしまう。


エントリーした翌日、早速企業からメッセージが届いた。書類選考をして1週間以内に結果をお知らせする、とのことだった。


それから1週間後…


「今回、書類選考の通過致しましたので、一次面談にお越し頂きたいと思います。つきましては、ご来社可能な日時を教えてください…」


やったぜ。通過したぜ。この1週間、首を長くしてずっと待っていたが、通過したとのことで胸をなで下ろした。


そして、3日後の夜が都合がつく旨を伝え、企業から承諾の連絡が届いた。


「では、面接でお会いできることを楽しみにしております。また、今回の選考につきまして、次のプログラミング課題の提出をお願いします」


え、、、課題?


未経験でもOKといったはずなのだが。


それなのに、プログラミングの課題を出してくるのか???


メッセージの後にPDFの添付ファイルがくっついている。


書類選考を通過して喜んでいたのもつかの間、その課題の内容を見て青ざめた。


フィボナッチ数列を出力するプログラムをつくってください。プログラミング言語Javaを、2つ以上の繰り返し構文をつかい、複数のクラスを定義するとともに、クラスは複数のファイルに定義してください」


はい???


言っていることがほとんど分からなかった。


繰り返し構文はPythonでもRubyでも勉強していたから何のことかはなんとなく分かるが、それ以外の言葉がサッパリ分からない。


フィボナッチ数列って何???


複数のクラスを定義って何???


クラスを複数のファイルに定義するって何???


そして、何よりも驚いたのは、使用するプログラミング言語Javaを指定してきたということ。名前は知っていたけれど、今まで一切、勉強したことがない。というよりも、意図的に遠ざけていた。何故ならば、どのプログラミング言語を学ぼうか色々と調べていた時、色んなところで「初学者はJavaに手を出してはならない」と書いてあったからだ。


Javaは最も汎用性の高い言語で、システム開発アプリ開発など、ほとんどの現場ではJavaが使われています。Javaを身につけておけば、エンジニアとして食いっぱぐれることはまずありません。


しかし、だからといってプログラミング初心者がうかつにJavaに手を出すと挫折します。


周りに詳しい人がおらず、独学でJavaを学ぼうとしたら絶望的です。


これからプログラミングを学ぼうとしている人、Javaは止めておきましょう。


仕事で扱わざるを得ない時とか、周りに教えてくれる人がいるとか以外では安易にJavaに手を出すべきではないです。


初めてプログラミングを触る人は、PythonRubyにしましょう。


絶対に、Javaはダメです。


Javaはプログラミングの楽しさを知る前に確実に挫折します!!」


だから、Javaには触れないでおこうと思っていた。そもそも、初学者に最適なPythonRubyでも分からないところが出てきて苦しんでいたくらいだ。それなのに、Javaでプログラムを勉強し、しかも3日後にはJavaでプログラムを組み立てなければならない。課題の意味もほとんど理解できていない状態から、3日間で…


どう考えても無理だ。もう、この応募を辞退しようと思った。辞退して、そんな無茶なことをしてこない優しいところを探そうと。


しかし、しかしである。


俺がこの求人に惹かれた理由の1つが


「エンジニア未経験の人でも、短期間で一人前のエンジニアにします!!」


というものだった。


そして、その後に書かれていた言葉が今回の応募の大きな要因だった。


「弊社は、その人の実力よりも少し高いレベルの仕事を任せます。できることだけをやっているだけでは、いつまでも成長はしないからです」


ここは、社員を本気で成長させようとする会社なのだと。これが「短期間で一人前のエンジニア」にするための近道なのだと。敢えて難しめのことに挑戦するからこそ、成長できる。未知なるものへ挑戦することこそがエンジニアにとっての必須スキル。


つまり、俺は試されているのだ。未知なるものへ挑戦する向上心や探究心をもっているか、と。未経験OKなのにプログラミング課題を出してくる、というのはそういうことだ。


最初から「できない」と諦めるのではなく、できるところまでやってみることにした。


これまでプログラミングをしてきて「難しい」と思ったことはあっても「止めたい」と思ったことはなかった。プログラミングの概念を理解したときの感動、バグを潰せたときの達成感は、初めてプログラミングに触れたときから変わっていない。そもそも、教職を捨てて、エンジニアという自分にとって全くの未開拓の地へ踏み込もうとしているのだから、今さら何を躊躇うことがあるだろうか。


俺は、課題を受け取った翌日、本屋でJavaの入門書を購入して、3日間でプログラムを組めるように勉強をした。


ゼロからのスタート、全く分からない状態からのスタート、やっぱりプログラミング初心者がJavaを勉強するのは…


…と思ったのだけれど、実際はそこまでではなかった。


思っていた程、壁にぶち当たって苦しむようなことはなかった。


全く違う言語を勉強していたから、ゼロから勉強し直すのかと思っていたが、そうではなかった。プログラミング言語は、コードの書き方の違いこそあれ、根本的な部分は同じだったのだ。


これは人が話す言語も同じだ。例えば、朝、誰かと出会ったら、まずは挨拶をする。それは日本人だって、アメリカ人だって、スペイン人だって、インドネシア人だって、同じであるはずだ。その言葉が日本語では「おはようございます」だし、英語なら「グッドモーニング」だし、スペイン語なら「ブエノスディアス」だし、インドネシア語なら「スラマッパギー」だし。言葉が違うだけで、全ての言語に朝の挨拶は存在する。挨拶以外にも、現在のことを話すとき、未来のことを話すとき、過去のことを話すとき…などはどの言語にも存在する。言語はコミュニケーションなのだから。多少の文化の違いはあるけれど、コミュニケーションの方法の根本は人間である限り一緒なはずだ。


プログラミング言語もコンピュータへの命令であるから、どの言語も根本は一緒。変数の宣言があって、条件分岐があって、繰り返しがあって、入出力があって…はどの言語にも共通して存在する。例えば、「ハロー、世界」という文字を表示させるプログラミングはどのプログラミング言語にもあって、それがPythonなら「print(“ハロー、世界”)」で、Rubyなら「puts ”ハロー、世界”」で、Javaなら「System.out.println(“ハロー、世界”)」という違いだ。書き方は違えども、目的は同じ。だから、1つの言語を扱えるようになれば、他の言語は容易に習得することが出来る。「Javaでは『ハロー、世界』って文字を出力するのはどうやってやるのかしらん?」みたいな感じで。


そもそも、プログラミング言語は人間がつくったものなのだから、今までと全く違う記述や考え方を生み出す訳がないではないか、と思う。違うのかな?


まだプログラミングを始めて半年ちょっとの俺だけれど、難しくてつまずきそうになったら


プログラミング言語は人間が楽をするためにつくったもの。そんな人間がつくったものを、人間である自分が理解できないはずはない」


と言い聞かせることにしている。


そんなこんなで、Javaは思っていた程は難しくはなかったが、それでも3日間で課題のプログラムをつくるのは厳しかった。


結局、面談の当日に面談までに提出ができない旨を伝え、期日を延ばしてもらうことにした。


しかし、この3日間で敬遠していたJavaをだいぶ理解することができた。そして、応募した企業の理念が頭をぐるぐると回っていた。


「弊社は、その人の実力よりも少し高いレベルの仕事を任せます。できることだけをやっているだけでは、いつまでも成長はしないからです」


絶対に、ここに就職を決めてやりたいと思った。

 

 

 

3ステップでしっかり学ぶ Java入門 [改訂2版]

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スッキリわかるJava入門 第2版 (スッキリシリーズ)

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私が教師を辞めるまで②

通うことになったプログラミングスクールは、転職保証付きで、転職できなかった場合は学費を全額返金するというものだった。ただし、毎週20時間以上スクールに自習にくるということ、毎週日曜日の講義に参加すること、与えられた課題は期日までに提出することなどが条件だった。なるほど、厳しい。しかし、絶対に転職させる!という力強さみたいなものを感じた。


HTML、CSSJavaScriptRubyRuby on RailsAWSの扱い方がカリキュラムとして組まれていた。フロントエンドからインフラまで。これにSlackとかgit hubとかも織り交ぜている。なかなか濃ゆい。


俺は仕事が終わったらスクールに通い、日曜日は朝から講義を受け、その中で課題もしっかりこなすなど、一生懸命に努力をした!!


…って、言えたらカッコ良かったのだが、実際にはそうはならなかった。


仕事が片付かずなかなかスクールに通えなかったし、土曜日も仕事でヘトヘトで日曜日を迎えるので講義も耳に入らなかったし、課題をこなす時間もとれなかった。言い訳すれば、仕事が忙しいとか、心身ともにボロボロで、それに取り組める余裕がなかった…エトセトラエトセトラ。


「出来ない言い訳よりも、出来る工夫をするんだ!」


分かってる。分かっている…分かってはいるけど…けど…


そして気づいたら、カリキュラムも終わり、3月を迎えようとしていた。終わっていない課題があるし、ポートフォリオは完成していないし、一緒にスタートした周りの人たちは就職を決めているしで、焦りを感じていた。


そして、職場には今年度限りで辞める話をしていた。引き止められるか、と覚悟をしていたが、何を言われても絶対に残らないと決めていた。


しかし、引き止めはされなかった。悔しそうな寂しそうな顔をされた。


「そうか…しかし、君の人生だ。君がそう決めたのならば止めはしない。もしも、困ったことがあったならばいつでも相談しなさい」


涙が出そうになった。これまで本当に迷惑ばかりをかけ、お世話になったから、ONE PIECEのサンジばりにその場で土下座して「今までクソお世話になりました。このご恩は一生忘れません!」と涙を流しながら叫びたい気持ちになった。


しかし、そんなかっこいいことが出来るわけもなく、「今まで本当にお世話になりました」と囁くように伝え、頭を下げることしかできなかった。その夜は涙に暮れたけど。


そして退職の時期が近づいているにも関わらず、次の職場は決まらない。しかし、辞めると言ったことへの後悔は1ミリもなかった。他の学校で教師をやることも考えていなかった。


高い学費を払ってプログラミングを学んだからではない。自分の気持ちとしっかりと向き合った時、そこに教職への一切の思いは無かった。どこぞの学校で非常勤としてでも雇ってもらうくらいならば、ニートになった方がマシだと思っていた。教職から身を引く覚悟は出来ていた。


そして3月に入り危機感をもった俺は、スクールを通じてではなく、独自に就職活動することにした。


新たな道に挑戦するのだから、転職先は誤らないようにしないといけない。入ったけれどブラック企業で、潰されてしまっては元も子もない。だから、ネットでの評判をしっかり見てから応募しようと思った。


そこである企業を見つけ、応募することにした。


 

私が教師を辞めるまで

プログラミングに出会い、その楽しさに魅了され、エンジニアになりたいと思うようになった。


プログラミングに出会ったのが、5月くらい。授業の内容を考えていた時だから、まだ新学期が始まって間もない頃だ。


しかし、今まで教職以外、考えたことがなかった(作家になりたいとかブロガーになりたいとかいう確実性のない夢はあったものの)から、本当にそれでいいのかは悩んだ。周りに相談はしなかった。相談したところで


「ぇー、教師辞めちゃうの、もったいない。今までやってきたのに、辞めちゃうの? 続けなよ。今のところが合わないなら他の学校で先生やればいいじゃない。そもそも、自分は何で教師になろうと思ったのか、原点に立ち返って…」


と説得されるだけだと思ったからだ。もし、自分が相談される側だったら、たぶん、説得する。


しかし、色々と調べていくと、全くの未経験からエンジニアになろうとするのは厳しいとのことだ。この業界は実務経験が全て。今まで何をやってきて、どんなスキルがあって、何を得意とするのか。学歴や社会人経験などは全く関係ない。まぁ、技術職なんてそんなものか。


そして、立ちはだかるのが年齢の壁。未経験でこれからエンジニアとして就職をするならば20代まで。それよりも上にいくと厳しいとのこと。エンジニアの世界には「35歳定年説」というのも存在するらしい。


理由としては、2つある。1つは、体力と頭が追いつかなくなるから。ITの世界は日進月歩で進歩していき、身につけた技術がすぐに古いものになってしまう。ある程度、歳をとると新しい技術を学ぶ力が衰えていく。また体力と精神力が衰えて動けなくなってしまうから、というのがその理由だ。


もう1つは、IT企業は比較的若い役員が多いから、歳のいった人を採用し辛いということ。別のところで、エンジニアとしてバリバリやっていた即戦力なら採用するところだが、自分たちよりも歳上の人を未経験で採用して育てていくというのに抵抗がある。まぁ、確かに。


そこで考えたのは、プログラミングを学べて就職支援もしてもらえる専門学校のようなところに通う、ということだ。探したら、ちょうどよいところが見つかった。7月から開講し、6ヶ月の講義と転職支援サービスをしてくれるとのこと。7月から6ヶ月だから、3月まで転職の支援をしてくれる。つまり、年度が終わる、ちょうど3月まで。そして対象の年齢は31歳まで。


さっそく話を聞きに行くことにした。エンジニアなんて、今まで関わってきたこともない、自分とは縁のない世界だと思ったから、なんだか違和感があった。今まで教師としてやってきた自分への、背徳感もあった。


面談してくれた人は、俺がネットで調べたことと同じことを話してくれた。


「実務の経験年数が一番で、実務経験が無い人は何ができるのかをアピールするためのポートフォリオ(制作物)がないといけません。また、コネクションもある程度必要で、未経験の人がただ飛び込んで「働かせて下さい」と言っても、門前払いを喰らうのがオチですね。それは『実務未経験、歓迎!』と謳っている企業も例外ではないです。実務未経験だけど学校で勉強していたとか、または、エンジニアといいながら就職したら違うことさせるブラック企業か」


そしてやっぱり、年齢のことも言われた。


「未経験ならば年齢は気にされます。どんなにやる気があっても年齢で落とされるところは多い。だから、私どもでは『誰でもOK』のようなことは絶対にいわず、31歳年齢制限をかけています。とはいえ、31歳も正直、厳しいです。これはもう、ギリギリのラインですね」


なるほど、エンジニアになるにはタイミングが大事なのか。日本はITエンジニアが不足していることも色んなところに書いてあった。優秀なエンジニアは、みんな海外に行ってしまう。エンジニアの給与も日本はダントツで安い。そして年齢や実務経験で切ってしまう。これじゃあ、日本で万年エンジニア不足になるわけだ。徹夜業務や休日出勤が多いのも頷ける。


「ところで、なぜ、今まで教師をしていたのに、エンジニアを目指そうと思ったのですか? 差し支えなければ教えて頂けませんか?」


そこで俺はこれまでの経緯を説明した。授業でプログラミングをやろうと思ってPythonに触れたこと、それが面白すぎてプログラミングを仕事にしたいと思ったこと、教師という仕事に限界を感じてしまったこと…エトセトラエトセトラ


初めて自分の気持ちを誰かに話した。今まで誰にも話せずにいたことを全て話した。絶対に引かれてしまってるだろうと思うくらいに、話して話して話しまくっていた。話すことで、それまで溜め込んでいたモヤモヤを吐き出せたような気がした。


しかし、だ。プログラミングを教えてくれて、転職支援までしてくれるのはいいのだが、その学費がなかなかのもの。半年間で、その値段は正直安くはなかった。値段はここでは書けないけど。


そこで、即決せず、ひとまず持ち帰らせてもらうことにした。一度、冷静に考えてから、また来ると。


そこから自問自答の日々が始まる。プログラミングを仕事にしたい、とは思ったものの、これまでキャリアを捨てて本当にいいのか。教師という職業に未練はないのか。これまでの苦しみは全て報われないまま終わるんだぞ。


しかし、しかしだ。別にそのスクールに入ったからといって必ずエンジニアにならなければならない訳ではない。やっぱり教師を続けたいと思ったら、それでもいいじゃないか。確かにかなりの金は無駄になるけれど、でも、高い勉強代だったと思えば。失った時間は取り戻せないけど、失ったお金は後で稼いでいけばいい。一生、借金を背負うわけでもないのだから、思い切って飛び込んでみよう。


ということで、そこから俺のエンジニアへの道(未知)が始まったのである。