ジーコとケンジの欲望の記録

雨ニモマケテ、風ニモマケテ、慾マミレ、サウイウヒトガ、コノワタシダ

私も罹ったの大人病…

気がつくと自分はいつの間にか「いい年」になっていた。

 

10代の頃は30歳までに自分は死んでいるだろうと思っていたけれど、のうのうと生きている。

 

教員を辞め、一般企業といわれる社会に入って気づいたことは、俺くらいの年は「いい年」なんだということ。もう、自分と同世代の人はほとんど結婚していて、子供もいる。自分よりも年下の人が結婚して子供がいて、一家の大黒柱になっているのを見て、この頃は少し焦ったりするようになってきた。

 

「大人になんかならないぜ。俺はいつだって子供の気持ちでいたいんだ!」

 

と思っていた。安定した仕事に就き結婚して子供がいて、奥さんの愚痴なんかを酒の席でこぼしたりして、みたいな「普通の幸せ」で落ち着いているような人にはなりたくない。

 

しかし、ここにきて周りがみんな「普通の幸せ」を享受しているのを見て、ひょっとしたら自分は「普通」にさえ達することができない、劣った人間なのではないかという不安に陥ってしまうことがある。

 

これは「大人病」というやつかもしれない。大人にならないといけない、大人なのだから色んなものから卒業しなくてはいけないと焦る病。好きだったものや、自分の価値観なんかを変えなくてはいけないという焦燥感。それに心を掻き回されるようになった。

 

この職業に転職して、なんだか玉手箱を開けたような気持ちになっている。今まで止まっていた時間が一気に自分に襲いかかって、色んなことを終わらせようとする。

 

大人にならないといけない。そうしないと、どんどん社会から離れてしまう。人として認められなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…というところまで記事を書いて思ったのだけれど、そんなこと考える必要はあるのか?

 

別にそれはそれでいいのではないか。大人げなくたって、同世代の人との価値観がズレていたって、別にそれでいいのだ。

 

というか、これまでの自分の人生は「自分は自分」をずっと貫いてきたわけで、ここにきて「周りの人に比べて自分は…」だなんて、何を悩んでいるのか。今までずっと「普通じゃない」と言われ続けてきても変わろうとしないどころか、「これが俺だ!」と自分のスタイルを貫いてきたではないか。

 

もう、今さら手遅れだ。自分は普通の人が手にするような落ち着いた人生を歩むことはできない。諦めるしかない。

 

周囲が結婚していようと、子供がいようと俺には関係のないことだ。俺は今、結婚なんて自分とは別の世界の出来事だと思うし、自分の子供なんて想像すらできないし、まだ自分は神になりたいと思っている。

 

だがしかし。貫くなら徹底的に貫かねばならない。中途半端だと、結局どっちつかずで路頭に迷うことになる。神になるなら神になれるだけのことをしなくてはいけない。

 

いいじゃないか、神だって。今の世の中、たくさんの「神」だらけだろ?

 

大人病

大人病

 

 

 

少女フィクション (通常盤)

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