ジーコとケンジの欲望の記録

雨ニモマケテ、風ニモマケテ、慾マミレ、サウイウヒトガ、コノワタシダ

私が教師を辞めたあと③最終回

数日後、代表との2次面接を行った。1次面接の担当者の柔らかな雰囲気とは違い、代表は自信のオーラを身にまとったなかなかのオラオラ系の方だった。


「話は彼(1次面接担当者)から聞いてるよ。学校の先生辞めてエンジニアになりたいんだって? 改めてその理由を教えてくれるかな?」


ってことから、面接が始まった。オラオラ系ではあったけど、中身はとっても優しく、俺の話をしっかりと聞いてくれ、共感してくれ、優しい言葉もかけてもらった。


「エンジニアって技術職で年齢とかなんだとかあるけど、別に俺はそういうのあまり関係ないと思ってる。それはもちろん、経験ゼロの人と、ある程度のキャリアを積んでたらレベル差はあるよ。でも、ゼロからでも、やっていけばある程度のレベルにはなる。1年目と3年目はレベルの差は大きいけれど、実は3年目と10年目とかはそんなに差はないんだよね。


俺は技術力だとか実務経験だとかがうんぬんとか気にしてない。それよりも一緒に働きたいどうかで決めてる。結局は人だからね。


だから、うちでは技術力ではなく人柄で採用している。どんなに凄い技術をもっていても人間としてダメな奴は落としてる。


彼とは長い付き合いでね、俺がどんな人を受け入れたいのかをよく分かってるんだよ。


で、君が今、2次面接に来ているってことは、彼が俺に会わせたいと思ったということなんだ。


求人出して何人も面接に人が来てるみたいだけど、実際、俺が面接する人はほとんどいないんだよ」


初めて自分の人柄を評価してもらえた気がした。逆に褒められすぎて気持ち悪くなるくらいだった。


それから待遇面などの話にもなった。


「待遇面なんだけど、そっか、給与か…うーんと、いくら欲しい?」


ぇ?!?!?


給与、こっちで決めていいの?


これは何と言うのが正解なのか分からなかった。求人には20万円からってあったから、最低月給の20万のつもりでいたのだ。月給20万、手取りにしたら16万くらいかしらん。


正直、お安いけれど、お金をもらって勉強する修行期間だと思って受け入れるつもりでいた。しかし、決めていいと言うならば…


とりあえず、前職の給与額を話し、欲をいえばそれくらいもらえたら嬉しいという旨を伝えた。とはいえ、未経験でその額はさすがに…


「あぁ、そのくらいなら全然問題なく出せるよ!」


「?!?!?!?!?!」


いいのか、それで、本当に、それで、いいのか、本当に…???


全くの未経験で、ITに擦りもしないような業種にいたにも関わらず、前職と給与が変わらないとか、それでいいのか。


まさに願ったり叶ったりだ。


「そうだ。今度、うちの会社で定例会と懇親会があるんだ。ぜひ、来てみて社内の雰囲気を感じてみてよ。入社して雰囲気に合わないとかだったら、お互い不幸だからさ。社員の雰囲気見て、そこで決めてくれたらいいよ」


なるほど、即決ではないのか。


しかし、ここまで話が盛り上がったけど、やっぱり採用は見送りで…みたいなことがないとも言えない。最初に受けたところは、それで一ヶ月をムダにしてしまったのだ。


ひょっとして、この定例会と懇親会の俺の振る舞いも採用に入っているんじゃないか。懇親会で社員との関わり方を見て、人との関わり方を見るのかもしれない。初対面の人との関わり方に消極的か、または逆に横柄な態度で接する奴なのか。人柄採用の基準とさせられるのかもしれない。


人柄を褒められた嬉しさと、これは気分よく他の会社に行ってもらうためのフェイクなのではという疑いの気持ちが半分半分で、俺は会社を後にした。


そして、翌週、会社の定例会に行ってきた。


ところで、IT系のエンジニアというとどんな人たちを想像するだろうか。


一日中、パソコンに向かってキーボードをカタカタ打っている人たち。コンピュータとかプログラミングとか、そういうメカニカルなことを考えている人たち。


あまり明るそうな感じの人だとは思えない。むしろ、ヲタクっぽい人を想像するのではないか。少なくとも俺はヲタクだらけの職場を想像していた。


IT業界の人、ましてエンジニアなんてヲタクばかりだと考えていた。人と関わるのが苦手で、人間よりもコンピュータが好きで、表情に覇気のない青白い顔した人たち。


そういえば聞いたことがある。システムエンジニアはみんな表情が無くなっていて老け込んだ人が多いらしい。同じエレベーターに乗っていても、すぐにシステムエンジニアだと分かるのだと。


実は俺がエンジニアになることを躊躇っていた理由の1つでもあった。


教員は子供と接しているからか、他の業種の人よりも若々しく見える。俺も大学の友人たちと久しぶりに会った時に「うわ、全然、変わってない。やっぱり学校の先生って老けないんだね!!」と驚かれたことがある。


だから、ここで教員を辞めて、人とほとんど関わらず、1日パソコンの画面を眺めるような生活をしてしまったら、きっと老けこんでしまう。


それを考えていたからエンジニアになることを躊躇っていた。


そして、定例会の日。


あちこちの現場でシステムつくりをしている社員が、会社に戻ってくる日。


そこで社員の人たちを見て驚いた。全くヲタクヲタクしていない。想像していた雰囲気とはまるで異なっていた。


俺が想像していたのは、青白い顔した人たちが来て、会話どころか挨拶されしっかりできず、そのクセ、一部の人がヲタク独特の喋り方でマニアックな話してギャハハと笑っていて「俺らはコミュ力あるぜ」みたいなイキリ方していて…


…ってことは全くなく、みんな会う度に笑顔で挨拶を交わし、それぞれが楽しく仲良く談笑していた。そして美男美女率が高い。この人たちが「毎日、パソコンとにらめっこしながらプログラムをカタカタやってます」って言っても、そんな風には見えない。


それから定例会は代表の人が中心に話し、進んでいった。


その中で採用状況についても話があった。そこで驚きの事実を知る。


「今、応募者が20人近くありましたが、最終まで残っているのは、ここにいるたかとしさんだけです」


社員から「おー」という、驚きの声が上がった。


しかし、何より驚いたのは俺だ。ここまで来られた要因の応募者が少なかったからじゃないかと思っていたから。


そのあと、懇親会としてお酒やピザなどの食べ物を食べながら、みんなワイワイやっていた。


俺は完全なストレンジャーで、このワイワイに入れるか不安しかなかった。しかし、ここでの振る舞いも採用試験として見られているに違いない。積極的に声をかけていかなくては…


と、力む必要はなかった。周りの人たちは、俺に色々と声をかけてくれた。本当、ビックリするくらいナチュラルに、自己紹介から入ってきて、そこからみんなが俺のところに集まってくる。逆に俺から声をかけると、笑顔で色々と話してくれる。


凄い、凄いぞ。


みんな全然、ヲタクヲタクしてないどころか、社交的で優しい。


そして代表のもとへ挨拶に。


「どう? うちの会社の雰囲気は?」


「いや、ビックリしました。エンジニアって、人間よりもコンピュータと向き合う時間が多いから、もっとヲタクヲタクしていて、人と関わるの苦手な人ばかりかと思ってました。凄い明るくて社交的な人たちばかりで、
色々と考え方を改められました」


「前回の面接でも話した通り、うちは技術よりも人柄で人を採ってるからさ。技術があったって、人間的に問題のある人は採らない。やっぱり、せっかく働くならみんなが楽しく幸せになりたいじゃない」


その人柄採用で、最終まで残ったのが俺か…


これは純粋に嬉しかった。今まで自分は人と上手く関われず、人と心を通わせられない人間なんだと思って苦しんでいたからね。


「じゃあ、また後日、条件面なんかを話し合っていきましょう。採用まで長くてごめんな。でも、やっぱり、社員の雰囲気を見てもらって、完全に納得してから入社して欲しいんだわ。また次回、待ってるからね」


それから次の面談の予定を組むことになった。


そして、後日、その面談で、俺の採用が正式に決定した。


給与は前の職場と同じ。数年やってきて最後の年度の給与と、同じ。すべてが未経験で何も分からないけれど、前職と同じ。


前職が安すぎたのか、新しいところが高いのか。いや、たぶん、その両方だろう。


ということで、1ヶ月以上にも及ぶニート生活にようやく終止符が打たれた。


そして現在、俺は新しい職場に入り1ヶ月以上が経過した。


入社前の懇親会の時と同様に、周りの人たちに優しくしてもらいながら毎日を過ごせている。


本当にパソコンの前にずっと張り付いており、みんな会話を交わさない。俺も1日誰とも会話をせずに、ひたすらパソコンに向き合っている。連絡や伝達はLINEのようなツールを使って伝え合う。教師の時ではありえない光景に初めは慣れずにいた。いや、今も慣れていないかもしれない。


プログラミングは予想以上に難しい。基礎的なことは勉強したつもりでいたが、全く歯が立たない。勉強したことは「知っていて当たり前」の話で、実務レベルのものはその知識を軽々と飛び越えていく複雑さだ。


例えるなら、新聞や雑誌におまけ程度についていたイラストロジックを完成させて、自分は出来ると調子に乗ってイラストロジック専門の雑誌に手を出してしまった感じ。分かるかな…?


しかし、辛くはない。それは全て予想していたこと。人と会話せずに黙々とパソコン画面を見続ける日々を過ごすこと、分からないことがあって頭を悩ませること、常に勉強をしなくてはいけないこと。


でも、思い通りの動きをした時に大きな達成感を得られることは、予想していた以上に大きい。毎日、少しずつ、出来ることが増えていくのは嬉しい。


今は思い切って新しい世界に飛び込んでよかったと思う。


そんなこんなで、長かった俺のニート生活&就活体験記は終わらせようと思う。


疲れた…