私が教師を辞めたあと②
前回までの話。
プログラミングの面白さを知った俺は、ITのエンジニアになることを決意。大学を卒業してずっとやってきた教職の世界から退き、スクールに通いながらプログラミングの勉強をしていた。しかし、就活はうまくいかずに、3月が終わってしまいニートとなる。
詳しい経緯は過去の記事を参照のこと。
採用面接かと思って赴いたけれど、採用面接ではなく、その会社が行なっている転職支援サービスの紹介をされただけだった。さらに、年齢的なことなど、あちこちで散々言われてきたことを改めて言われコテンパンにされた。
本当に自分はこれでいいのか。やっぱり、教職を続けていった方が良かったんじゃないか。プログラミングは趣味で細々とやっていったらよかったんじゃないか。
そんな自信を喪失し、迷い始めた翌日、他の会社の面接に行くことになっていた。
しかし、もう俺は落ちこんだ気持ちを通り越して、開き直っていた。もう、厳しいことを言ってくるような面接をするようなところは、こっちから願い下げてやろうとすら思っていた。
だから、次の企業に対しては、少し斜に構えて挑むつもりでいた。
「ここでまた年齢がうんぬんとか、そういう類のことを言われたら切ろう。こっちだって、そんなの分かってやっているのに、また同じことを言ってきやがったら、こっちから願い下げてやろう」
どこにいったって年齢のことばかり。
そんなことは分かっているのだ。それでも、自分の人生を後悔したくないから、新しい世界に飛び込もうと思っているのだ。
プログラミングの勉強だって、昨年の夏からやっていた。遡れば高校生の時にHTML使ってホームページの運営もしていた。「ITのスキル身につけたら一生安泰かな…」だなんて安易な気持ちでジョブチェンジしてる訳ではないのだ。
そもそも、日々進化していく技術を追いかけるのがITの世界だろう。新しいものに対する意識や好奇心が不可欠な世界だ。
それなのに、新しい世界に飛び込もうとする人間を切り捨ててどうする。
今までの経験や実績なんかを全て捨てて、新しいことに取り組もうとしているんだよ、俺は。そんな人間を「年齢」なんていうつまらないもので判断するだなんて。だから、日本の技術力は他国にどんどん追い抜かれていくんだよ!!!!
そんな好戦的な気持ちで、俺は面接へと挑んでいくことにした。
採用担当者は物腰が柔らかそうな男性だった。しかし、最初はみんな優しく見えるものだ。面接が終わった後は、この人に対してモヤモヤしたものを抱えるに違いない。
「まぁまぁ、面接だなんてそんな堅苦しいものじゃなくて、お互いのことを知る機会みたいな感じでお話ししましょう」
面接官はお茶と名刺を俺に出すと、ゆっくりと向かいの椅子に腰を下ろし、パソコンを開いた。
履歴書と職務履歴書を渡すと、その資料を丹念に読み始めた。
この時間が1番緊張する。しかし、この後の流れは分かっている。どうせ、顔を上げた途端、訝しげな表情と声で俺を批判しにかかるのだろう。
「今まで学校の先生やってたみたいですけど、なんで全く異業種のエンジニアになろうと思ったんですか? 実務経験がものをいうこの業界で、教師の経験なんて全く役に立ちませんよ。
それに覚えることも多いし、ITの技術は常に変わっていくから、『これを覚えれば一生安泰』みたいなのはないです。ずっと新しい技術を勉強し続けなくてはいけません。
だいたい年齢だって、もう30歳を超えてますよね。その年齢から新しいことを始めるって相当な努力が必要ですよ。
それに給与面だってそんなに出せませんよ? 前職より下がりますよ。大卒の初任給のレベルですよ。
勉強しなきゃいけないことたくさんあるし、給与も安い。そんな条件でよければ採用しないこともないですけどね。
まぁ、上との相談にはなりますがねwww」
って来るんだろ。
さぁ、かかってこい。
担当者は書類から顔を上げ、口を開いた。
「前職は教師だったとか凄いですね。なんでそんな立派な職業を辞めてまでエンジニアになろうと思ったんですか?」
え?
あれれ。
否定しないんですか?
「前職が教師だろうが医者だろうが弁護士だろうが、実務経験のない奴はみんなおんなじだ」
ってくるでしょうが。
いや、来いよ。
しかし、否定の言葉は一切なく、俺が教師で何をやっていたのかとか、エンジニアに興味をもったきっかけとか、プログラムはどんなことを勉強してきたのだとか、そんなことを質問された。
「教師の仕事ってよく分からないんですけど、色々と大変だって聞きますが実際はどうなんですか?」
「授業や担任業務はもちろんですが、それ以外に校務分掌があって1日中忙しいです。
昼休みは生徒の面談が入ったり、保護者からの電話があったり、次の授業の準備があったりで昼食を食べられないこともよくありました。
さらに、土曜日は学校説明会や入試があるし、唯一の休みの日曜日は授業準備したりとかで休んだ気がしないし。
それ以外にも学校の広報の為に中学校訪問があったりエトセトラエトセトラ…」
なんだか今まで大変だったことの語りが止まらない。話しながら、今まで自分はよく耐えられたなと自分で感心した。
「ひえー、それは大変だ。凄いんだ、教師って。私はそんなの無理ですね。根性ないからすぐに辞めたくなっちゃいますよ。土日は休みたいし、残業とかせずに家に帰りたいですもの」
たくさん話を聞いてもらい、たくさん共感してもらった。そして、ニート生活を歩むに至った経緯についても話した。
その間も年齢のことや、脅しなどの言葉は出てこなかった。
「御社を受けるまで、プログラミングスクールやあちこちの企業から年齢について言われてしまいました。やっぱり、そういうのってあるんでしょうかね…」
あまりに話題にならなかったので、俺の方から質問をした。
「実は私もエンジニアになったのは、あなたと同じ31歳になってからだったんです。それまで全く別の業界にいて、未経験で飛び込みました。
年齢なんてそんな関係ないって感じましたよ。それよりも、やる気とか人柄の方が大事ですからね」
鳥肌が立った。そんな風に言われたのは初めてだったからだ。一切の否定をしてこない。話を聞いて凄く良いリアクションをしてくれる。いい人だ…
「それで、どうしますかね。私としてはすぐにでも代表との2次面接を受けてもらいたいと思うんですけど」
マジか!?!?
な、な、なんてこった。
就活3社目にして、運命の出会いをしてしまった。
そりゃ、もう即決で!!
…と言いたいところだったが、こういう時こそ落ち着かねばならない。ここで安易に飛びついて後悔してはいけない。
実はこの時、他2社の面接を約束していた。だから、ここで決めてしまうのはまだ早い。
その旨を伝えると嫌な顔をすることなく、むしろ「どうぞどうぞ、他の企業の話も聞いてじっくりと考えてくださいね」という感じで返してくれた。
びっくりするくらいの神対応を受け、俺はその企業を後にした。
捨てる神あれば拾う神ありというのは、こういうことを言うのか。
その前の企業の対応で自信を失いかけていた後だったから、対応1つ1つが心に沁みた。
「ほら見たか! 周りに何を言われようとも、屈辱に体を震わせても、自分の信念を貫き通せば、道は開けるんだよ!!」
もう、帰り道はずっとドヤ顔だったと思う。ようやく自分が認められた。今までの自分を受け入れてもらえた。
それから2社の面接に行った。そのどちらからも内定をもらったが、やはり年齢や経験のことを言われた。
内定をもらって嬉しかったのだが、それでも神対応の企業よりも魅力を感じなかったので内定を辞退した。
しかし、内定辞退の連絡をして、後が無くなったと、不安になってきた。
もし、この企業から不採用をもらったら、また一からやり直しだ。採用通知を受け取った企業の内定辞退を辞退するだなんて出来ない。当然か。
この選択でよかったのか。ひょっとして、最初に受けた企業みたいに、好感触を匂わせておいて切る!みたいなパターンはありえる。
そもそも、1次面接がすんなりといきすぎではないか?
もしかすると、これ、1次面接はみんな通すやつだ。とりあえず、よっぽど問題がありそうな人以外は代表に会わせて、そこで一気に落とすというパターンだ。
落とされた側も1次で切られるより、2次で切られた方が「社長面接まで行ったんだけどね…」みたいに、落ち込み過ぎることはない。しかも、1次面接で優しく対応してもらえれば、その企業に対しての印象はさほど悪くはならないから他所で悪口言われずに済む。
そうか、やっぱり、そういう魂胆だったのか。
いくら求人で「未経験、異業種からの転職もオッケー。学歴や年齢も不問! 優しい先輩がイチから丁寧に教えますよー」とか書いてあっても、結局は「でも、あなたは年齢が…」みたいに理由をつけて切るつもりだろう。そうだろう、そうに違いない。
続く!!