ジーコとケンジの欲望の記録

雨ニモマケテ、風ニモマケテ、慾マミレ、サウイウヒトガ、コノワタシダ

私が教師を辞めるまで④

「業界未経験の方でも、一流の技術をもったエンジニアに育てます。まずは気軽に応募してください。一次選考は面接という堅苦しいものではなく、社員との座談会をして会社の雰囲気を知ってもらいたいと思います」


優しいところは優しく、厳しいところは厳しい会社だった。ホームページやFacebookには、社員と社長とが楽しそうに交流しており、とても雰囲気が良さそうである。


そこで求人に応募したところ、書類選考は通過したものの、今まで勉強しなかったJavaの課題を出された。それから、Javaを一から勉強し、一次面接がある3日後には課題を完成させなければならなかった。


結論から言うと、課題は完成させられなかった。やはり知識ゼロからの3日間では、基本的な部分は理解できても、課題をこなせるまでにはならない。結局、課題が面接までに間に合わない旨をメールで伝えた。もう、これで落とすならば落としてくれ。だけど、この3日間という短い期間で、俺は頑張ったよ。


とはいえ、まだ、自分の中に希望というか少々の甘えみたいなところがあった。一次面接は社員との座談会。つまり、ここで


Javaを勉強して課題に立ち向かおうとしたんですが、分からないことが多すぎて。みなさんは、Javaをどうやって勉強したんですか。どんな本を読んでいらっしゃいましたか…エトセトラエトセトラ」


とかいう話ができる。その中で「自分は勉強はしっかりするが、分からないところは素直に聞く謙虚さをもっている」という自己アピールをすれば良い。もう、ここまできたら開き直るしかない。


一次面接当日。


受付で面接に来社した旨を伝えると、面接室に案内された。

 

しかし、それは俺が予想していたものとは全く異なる風景だった。


そこにいたのは複数の若い社員が、俺を笑顔でお出迎え!…ではなく、1人の中年男性だけだった。この顔、ホームページやFacebookに載っていた顔だ。この会社の社長である。


他の社員はいないし、そもそも、その面接室に座談会などする程のスペースはなかった。


一体、どういうことなのだ…?

 

促されるまま席につき、履歴書と職務経歴書を渡す。それを軽く目を通すと俺の方に向き直り、社長は口を開いた。


「本来ならば、ここで社員との座談会みたいな感じで、会社や社員の雰囲気を知ってもらいたいところなのですが、あなたの場合は代表者である私が直接面談をさせて頂きます」


キョトンとしているであろう、俺。


「…と、申しますのは、あなたの場合、年齢が31歳ということで、そこが気になっておりまして。


我が社は未経験での場合は20代前半から、遅くとも20代後半くらいまでの人からの応募が多いんです。現に社員の年齢層も20代半ばくらいの人がほとんどですし。


そんな中で31歳、それも未経験でエンジニアを目指す貴方には、代表者の私が直々に話を伺うことにします」


そこか、そこなのか。年齢の壁か。


いや、しかしだ。これはある程度は予想していた。それを跳ね除けられるようにする為に、プログラミングスクールに通っていたのだ。年齢が足かせになることは想定の範囲内だ。


想定の範囲内ではあったが、いざ、こうして初対面の人に言われると、なかなかショックではある。

 

しかし、相手のペースに巻き込まれてはならない。俺は教職を離れてでもエンジニアになろうと、この一年、やってきたのだ。


「では、エンジニアを目指したきっかけと、月並みですが弊社を志望した理由についてお聞かせください」


俺はとにかく自分の気持ちを伝えようと必死に喋った。

 

プログラミングの授業をしようと思ってPythonを学んだところ楽しくてエンジニアを目指そうと思ったこと、プログラミングスクールに通っていたこと、高校の時にHTMLでホームページをつくっていたこと、コンピュータが昔から好きで色んなことを試してみたこと、創作活動していたことがありモノづくりの楽しさを知っていること…エトセトラエトセトラ


背中が汗でじっとりしており、前髪は汗で額にべっとりと張り付いているのが分かった。しかし、動揺したら喋れなくなるし、何より相手のペースに巻き込まれてしまう。

 

落ち着け。落ち着いて、冷静に向き合え。


自分でも何を言ってるのか分からなくなるくらい喋ったところで、社長は口を開いた。


「そうですか。たまに30代の未経験の方が応募してくるんですよ、『ITがこれから成長するから、一生食いっぱぐれない技術を身につけたい』とかいう人がね。聞いてみると、IT業界やエンジニアのことを全く知らず、ただITに関する仕事がしたいという。

 

そんな簡単に身につく仕事ではないし、技術は常に進歩していくから一生勉強し続けなくてはいけない。そこを知らずに来てる方がいたりするので、そういう人はこの段階でお断りしているんです」


なるほど、そういうことか。


しかし、俺はそんな生半可な気持ちでITの世界に飛び込むわけではない。ITの技術については一通り調べたし、ITエンジニアの大変さや勉強の大切さについても調べた。プログラミング言語も色んな種類があることも調べたし、実際に勉強もしている。プログラミングの勉強をすればするほど、その楽しさを知ったし、上手くいかずに苦しんだりもした。もっと技術力を磨きたいという向上心ももつことができた。


そんなことを必死にアピールする、俺。


すると社長は、俺の勉強したことを試すように色んなことを質問してきた。それに俺はしっかり答え、そして調べていた中で分からなかったことを質問してみたりもした。


何度かそんなやり取りをしていくうち、社長はITの技術やエンジニアの話、さらに経営の話まで色んなことを教えてくれるようになった。

 

そして、社長の生い立ちや会社を起こした理由、前職での苦労話、尊敬する起業家の話、社員教育の大変さ、住んでいる場所、バツイチであること…などなど、途中から採用面接というよりも、ただの雑談へと変わった。なんだか途中から、話している相手が求職企業の社長ではなく、何かのきっかけで出会ったおじさんみたいに感じられるようになってきた。


そんな話をしていたら、時間は過ぎ、気づいたら5時間が経過していた。


「いやぁ、話は尽きないね。本当、色々と聞いてくるから、ついつい喋り過ぎちゃったよ…」


始めは不採用にする気満々で俺を見ていたが、この5時間のお喋りで気持ちは変わったはずだ。

 

俺が生半可な気持ちでエンジニアへの転職をしていないことも充分に伝わったはずである。


「ところで、課題は完成しましたか?」


痛い質問だった。俺は正直に話した。3日間で知識ゼロからJavaを始めたこと、基本的なことは理解したが課題で出された範囲までには及ばなかったこと、ここまで学習したことで分かったことや苦戦したところ…エトセトラエトセトラ

 

今度は冷や汗はかかなかった。自分の現状を包み隠さずに話した。むしろ、誰にも話せていなかったJava学習の話を聞いてもらえたから嬉しかったくらいだ。


「そうですか。まぁ、課題を出してもらうことが二次面接に進むための条件となってますので、必ず課題は提出して欲しいんですよね。いつまでに出来そうですか?」


これはつまり、「課題を提出さえしてくれたら採用してくれる」ということか。

 

ここまで話が弾んだのだ。俺を人柄で気に入ってくれたはずだ。ただ、課題を提出することがルールだからそれに則って欲しいということなのだろう。


4日待ってくれたら課題の意味も理解して、提出までこぎつける旨を伝え、了承をもらった。


「他の企業も受けるのでしょうけど、就活、頑張ってください」


「いえ、今、御社しか面接は受けておりませんし、色々と求人を見て御社以外にないと思ってます」


「それは嬉しいですね。それならば3月中に結果をお返事出来るようにしないといけませんね(笑ですね」


「お願いします。4月に不採用の連絡を頂いてしまうと、私、無職になってしまうので…」


「分かりました。でも、何はともあれ、課題は出してくださいねwww」


そしてお互い、和気あいあいとした中で面接は終了した。会社を出る頃には日付が変わっていた。


これ、採用でしょう。


もう、ここまで話が盛り上がったのだから、社長と俺は相性はぴったりだ。


これは、採用、いただいたわ。


なんて運が良いのだ、俺は。


続く!!